旧伊東家住宅


・伊東家とは

この建物に住んでいた伊東家は、津軽藩に代々藩医として務め
ていました。津軽藩医であった伊東家久やその子、伊東基、兄
の重などもこの家で育ちます。

兄の重も父と同じようにやはり医学を志し、政治、教育などの
面でも郷土に貢献し、その名を残しています。弟の基も医学を
志していましたが、途中でドイツ文学の専攻に切り替え、ドイ
ツ語教授などを経験し、ドイツのシーメンスに就職、後にシー
メンス事件が発生すると、帰国し、病院を手伝うなどしていま
したが、不遇の人生を遂げ、兄より先に旅立ちます。

代々医師の家柄ではありましたが、それほど華美な佇まいでは
無く、中級の武士が暮らしていた住居とさほど違わない作りと
なっています。

建物の中に入ると薬を運ぶ為の箱などが置いてある為、ここが
かつて医者の住む家だったことがわかります。

・伊東家住宅とは

先述した通り、津軽藩に代々仕えた藩医の家計で、伊東家の居
宅として建てられたものです。

医者の家と言っても、内観、外観共に中級の武士の家に似た構
造で、とても慎ましく暮らして居られたのだなという印象を受
けます。

この建物が建てられたのは江戸末期です。木造平屋建て、切妻
、平入り、真壁造りの外壁を持っています。

平屋と書きましたが、実は隠し部屋があり、急階段をよじ登る
と二階があります。こちらは現在立ち入る事ができませんので
ご覧になりたい方は、インターネット上でご覧下さい。

弘前藩の中級武士の屋敷は、式台の付いた玄関や、違い棚の付
いた座敷などが備わっています。

伊東家も現在の場所に移築され、平成17年には青森県の重宝
として指定されました。

当時使われていた道具などもそのままに展示されていますので
唯一残された藩医の家をじっくりとご欄下さい。

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